卒業以来母校どころか行橋に立ち寄ることすら無く過ごしてきました。ところが次男が入学したことから保護者の義務、と体育会を参観するため母校へ。出し物全て体育会らしく時間をかけたもので、特に三年生のダンスが終わると何と子供達自らがアンコールを要求、二曲も余計に踊ったのです。少なくとも自分達の在学時はこんな風ではなかったな、時代なのか異例なのか、ともあれ「学校は変わったのだ」と感慨をもって見守りました。これが無ければ総会実行委を手伝えと電話が来たときも、眉も動かさずプツリと切っていたのでしょうが。
さて総会をやる以上は完全で楽しいものにしたいと、まずは高校時代の夢を思い出し、残る人生にいかに新しき夢を抱くのかと問う「蒼き季節 君と夢みし」というテーマを作り、効率のよい実務の為に電子メール連絡網とホームページを作成しました。その際文字ばかりじゃつまらないので手遊びに生徒の帰宅風景のカットを描きました。このイラストは好評だったのですが、中には「京都といえば自転車通学なんだよ」という意見もあり、それならば、と描いたのが表紙にもなった次の作品なのです。 |
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「自転車編の設定」
二人は普段は自転車で一緒に通学しているのだが、その朝は雨。女の子は傘を差して徒歩で登校したが、下校の頃にはすっかり雨は上がって良い天気になっていた。彼女は、彼が自転車で先に帰ったと思い込み、一人学校をでる。ところが実際には遅れて学校を出た彼が、「あ、あいつだ」と彼女を見つけ自転車を降り、追い抜きざまに「よう」と声を掛けた。彼女は驚きながらも喜び、彼も笑顔で自転車を押しながら彼女に歩みをあわせて家路を辿る。彼女の鞄からは青い折りたたみ傘がのぞいている・・。
○小柄できびきびとしたセーラー服の似合う娘と、現在は廃止されてしまった男子の制帽を郷愁をこめて描写しました。本編を公開したところ受けがよく待受画面の配布を開始。更に、ある初恋の行方と絡めたクラブ活動を舞台とする作品を連作構成で描き始めたのです。 |
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「フルート編の設定」
ブラスバンド部でフルートを吹く感受性豊かな彼女と、頭は良いが腕力自慢でやんちゃな剣道部の彼。初めて一緒に帰らないかと約束はしたものの剣道部は稽古に熱が入り遅くなってしまった。やっと稽古後の正座礼が終わり、もう彼女は帰ってしまっただろうと諦めながらも一縷の望みをかけ防具を着けたまま校舎へ急ぐ。すると果たせるかな聞き覚えのあるフルートのカノンの音色がする。その調べに導かれて駆け上がり、そこで一人練習する彼女の後ろ姿を認めて安堵し、しばし聴き入ったあと、手に持った竹刀をフルートのように構えて吹く真似をしながら、待たせたばつの悪さを笑顔でごまかし彼女に近づく。夕闇迫るなか一人で待ち、行き違わないかと心配していた彼女は、来てくれただけでも安心した。夕暮れの教室で二人。ろくな詫びの言葉もないがまだ汗だくの火照った体で駆けてきた彼が純粋で可愛く、思わず竹刀を持つ彼にフルートの正しい演奏法を教えるのだった・・。
○女の子はフルートじゃなければ描けなかったのですが、男の子のほうはフルート演奏の真似をさせるにはバットやラケットではなく、竹刀が最もフルートに近かったので剣道部員としました。ところで、もし当時携帯電話があったとしたら簡単確実に連絡が出来てしまい、すれ違う悲劇が無いかわりに、出会う歓喜、視線を惹く勇気、接近の呼吸なんて要らないから熱いドラマは生まれない気がします。恋だけは電子メールではなく、考えに考えて何度も書き直した手紙を渡し、返事を待つ眠れない夜を過ごすところから始まって欲しいものです。 |
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「旅立ち編の設定」
フルート編で描いた二人が、進学を決め「卒業」を目前にして思い描く希望と不安。教科書をずっしりと詰め込んだ彼の雑嚢も、彼女の革鞄も時と共に使い込まれてきた。小春日和のこの日、今川沿いの土手にしばし二人佇み沈む夕日を見ている。お互いがそこにいる事は暖かく感じ合っているが、この暖かさを失う恐れより、その彼方にある熱くまぶしい夢を追いかけることに目が眩み始めたのか。互いに夕空を見つめたまま、まだ冷たい風だけが柔らかい髪を揺らし時をささやく。もしかしたら生涯かけがえの無い人になった、などはまだ子供の二人にはこの時気づくはずもなく、数十年のすれ違いが始まろうとしている・・。
○実は風を意識して彼女はロングヘアで描いたのですが「校則違反だろ」、という事になりポニーテールに。でも髪の長さや髻の位置が難しく何度も書き直しました。土手の下り坂に腰をおろしている設定なので、彼女のシルエットを美しく見せるにはどうしても膝から下を長くデッサンせざるを得なかったと自覚しています。彼のツンツンヘアは相変わらず。でもちょっと大人っぽくなり、直立ではなく膝を踏みだそうとしている姿に前進への願いを籠めてみました。 |
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さてこの段階まで来ると本誌編集委員会がこれらのイラストを総会誌の表紙に使うと言い出したので、「それはまずいよ、考え直せ。過去の総会誌の表紙を飾った方々の肩書きを見よ。プロや美術愛好家ばかりじゃないか。」「でも田北君の絵は結構気に入ってるんだけど。」ううむ、今年の総会誌編集委員会はなんて暢気なのだ。でもちょっとだけ見る目もあるじゃないか。では、私も納得したいのでデッサンから描き直し、友人のデザイナーに頼んで補正とベクトルデータ化だけはお願いすることを条件にこれをお受けしたのです。そうなると、高女時代からの全同窓生を対象とする常磐会総会誌では全員に平等で無ければならないと思い、初めて総会誌使用前提にもう一作、描き下ろしました。 |
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「光の花束編の設定」
左の京都高等女学校の女の子が両手で美しく光るものを右の新制共学京都高校の女の子の手にそっと乗せようとし、彼女はしっかり大事に受け取ろうとしている。男の子は、綺麗なものだけど何だろう、と興味津々に見守っている。この美しく光るものとは、母校に受け継がれていく栄光ある歴史に他ならない。
○乏しい高女時代の服装情報をかき集め、戦前の高女生を描いてみました。歴史の先輩として年長に、新制高校の女の子を後輩として描いています。男の子は私の絵が下手で女の子の胸元を覗いているように見えてしまうので屈まなくても良い位背が高い男子に設定、まじめさを表現するため腕組みをさせました。イラストの昭和七年高女の制服の襟は黒の二本線、スカーフでは無く紐の編み上げで、長髪を首の後ろで束ねすべらせたのだそうです。戦中は紺の三角布のスカーフをネクタイと同様に結んだことは調査でわかっていますがあえて手元資料で一番古い時代を選びました。実は当初女の子二人だけの絵だったのですが、ある編集委員の高女卒のお母様が私のラフを見て「共学なのだから男の子も描かなきゃ」と御指摘があり、やれ面倒なことだ、と渋々男の子を描き足したのです。さあ出来たと思ったら、今度は「右が上座で・・」と始まったので、その議は丁重にお断りを致しましたが。 |
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「表紙デザインの設定」
イラストを完成させこれで終了、と思ったところ、出来ればこの際折角のイラストが生きるよう表紙デザインとして完成してくれと編集委員会が言い出し、全く世話が焼けるが確かに私が完成させないと良い表紙にならないかも知れないと思いお受けしました。巡る季節の中に存在する青春の群像を表現するため、四季が繋がる大きな輪の一部を切り取ったイメージを表裏表紙に貫通して配置、開くと一つの絵巻物になるようにしました。絵の意味合いを強調しつつ中学生にもわかりやすい言葉を使って似合いませんがリリックを入れてみました。
蒼き季節 君と夢みし
春のときめく出会いを
夏のいとしき笑顔を
秋の若きいさかいを
冬のかすむ後ろ姿を
いま霧吹き払う風の中
蒼き季節に恋した面影をしのぶ
常磐会の題字を揮毫した北川君に緑色とすることを快く了解してもらい、学校名等を同色で書き込んで完成。
常磐会歴史始まって以来の、そして最後かも知れない、美術には全くの素人の私の製作による総会誌表紙。皆様の目にはいかが映りましたか。イラストの設定は全くのフィクションですが、それでも造形上のモデルにするため若かりし頃の写真を送ってくれた同級生が「可愛く描いて下さいね」と気易く大きなプレッシャーをかけてくれるのもこちらが素人ならでは、でありましょう。
自信などある訳が無い私にとって僅かに心の支えになったのは、素人が描くことで前述のお母様はじめ誰もが気軽に、ここは違う、あそこはもっとこう描いて、と意見を言って一緒に納得出来るものを目指せたということでしょうか。
自らが描く世界ながらこんな優しい恋人がいてくれるのならもう一度十七歳に戻り、したことのなかった恋愛と告白をしてみたいものです。
我が人生の春の時。そう、蒼き季節にもどって君と一つ夢を追って。
30回生 田北 亮 |